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プロデューサー永田ゆにこの日記です

余裕がないときほど手段の目的化に走りがちになる

先週、謎の焦りを感じていて、ふと「やっぱ自分でもちゃんとSQL書けた方がいいな」と思い立ち、SQLの学習方法を検討していました。

FY17のnanapiは主に立て直しや裏側の整理が中心でしたが、4月からのFY18は実際に数字を動かしていくことになるので、ツールを使う言語を習得しておいたほうがいいだろう、という考えの元でした。SQLの基礎知識はありますが、実務としてはできないレベルなので。

でも、ある程度学習方法を絞り、なんとなくそれをエンジニアに共有したとき「欲しいもの(データ)を言ってくれればすぐ出しますよ」と言われて我に返った。自分でデータを見にいくより(意思疎通のとれた)優秀なエンジニアに頼んで出してもらった方が何倍も速いし正確、圧倒的に工数もかからない。だとしたら自分でSQLを叩く理由って何?勉強する時間の意味って?

改めて自分の役割とやるべきことを考えると、生のデータをどうこうすることより、もっと今後の戦略について考えなければいけないことは歴然で、そこがないとそもそもデータをどうこうもできない。SQLは書けた方がいいけどその時間でやるべきことは別にあるし、今じゃないよなー、と。

スキルを勉強するのは「何かを得ようとしている」ことに正義を感じるし、「勉強している自分」が気持ちいいから、安易に思いつきなんですよね、わたしの場合。(このブログもmiddlemanを使ってslimとsassを習得することが目的だったので、作ってるときはめちゃくちゃ気持ちよかったです。)

「何に焦りを感じているのか(課題)」「それをどう解決すべきか(手段)」を整理すればすぐわかることですが、余裕がないときはなかなか冷静にそれを考えられず、とりあえず全てを飛ばして手段の目的化に走りがちです。焦っているときほど「がんばっているような気になれる」ものに流れてしまいがちだなーというのを痛感しました。一人だとクサクサしがちなので、もっと他の人と対話しつつ、冷静にやるべことと最適な手段を選択していきたいものです。

余裕がないときこそ、手段の目的化に走らず冷静に課題整理をしたほうがいいですね、という自戒を込めた普通のお話でした。